武田信玄の話かと思ったら伝説の軍師山本勘助の話だったもののその智略の凄さ以上に晴信と由布姫への愛情が熱くて読んでるほうも熱くなる「風林火山」

井上靖

こんにちは。

今年は数十年ぶりにお盆に帰省せず、東京で過ごしてました。
数十年ぶりと言いましたが、実はいつ以来なのかわかっていません。
高校を卒業後に上京してから、学生の頃を含めお盆(8月13日)に実家にいなかった記憶がなく、もしかしたら、東京に出てきてから初めてなのかもしれません。
父母と電話で話した際も「お前がいなかった記憶がない」と言ってました。
なので、非常に違和感がありまして、なんだか変な気分です。
これも、全部、コロナのせいですねぇ。困ったなぁ…。

「棚参り」という田舎の風習も、今年はどうかなと思ったのですが、幼なじみの女性曰く「棚参りでお客さんが少なくて済むかもと思ったら、全然、変わらないわぁ(泣)」と言ってました。
やはり、田舎のほうは、そのあたりの自粛の風潮は低いようです。
地方だからと油断して感染しないように気をつけて欲しいものです。

さて、そんな東京で過ごすお盆でしたが、一冊読了しました。
前々回投稿した「天平の甍(てんぴょうのいらか)」に続きまして故井上靖先生の「風林火山」です。
昭和33年に発行されたものですが、これも増刷を重ねた作品で、今は Kindle で読めます。

これはもう完全に前々回の「天平の甍」の影響を受けた選定で、「天平の甍」が面白く、非常に読み易かったので、他によさそうな作品がないかなと思ったら、非常にわかりやすいというか「風林火山」ですからね、もう「おお、武田信玄かぁ。武田信玄のことを書いた作品を読んだことないから読んでみよう。」という気持ちでポチっといきまして、読んでみました。(山田風太郎著「信玄忍法帖」は読んでますが、あれを武田信玄のことを書いた作品というのはちょっとアレなので…)
ページ数も少ないので、さくっと読んでしまおう、という気持ちで。

感想ですが、「めっちゃ面白かった」です。

「天平の甍」の時にも書いた気がしますが、井上靖先生というと、なんとなく内容的にも文面的にもとっつきにくいのかなぁという印象があったんですが(完全なる偏見)、全くそんなことはなく、本作は昭和33年に書かれたものなんですが、最近の他の著者の方たちのそれと遜色なく非常に読み易いです。
そういう偏見がある方(がいるかがわかりませんが)は、騙されたと思って読んでみていただくとよろしいかと。

内容は、タイトルが「風林火山」なので武田信玄が主人公かと思っていたんですが、主人公は山本勘助でした。
管理人、基本的にあまり事前情報を入れずに読み始める方針でして(事前情報を入れてしまうとなんだか楽しみが半減してしまう気がして)、読み始めて少ししたらすぐに「あ、これ、山本勘助が主人公の作品か」となりました。
ただ、まあ、勘助はずっと武田信玄のそばにいたので、実際は武田信玄の話にもなるわけですが。
しかも、管理人、山本勘助に関する知見がほとんどなく、ちょうどよかったです。

この作品、スタートが凄いんですよねぇ。スタートダッシュが凄い。掴みが凄い。
山本勘助と青木大善という浪人のやりとりからスタートするんですが、これのインパクトが凄くて、いきなり持っていかれます。
このエピソードが史実に伴ったものかどうかはさておいて、掴みとしては非常に良いんじゃないかと思います。
もうそこから、一挙に「うぉぉぉぉぉ、すげぇ。この先、どうなるんだ。」となって、先にどんどん進めることができました。

本作では、山本勘助が駿河にいて庵原忠胤(いおはらただたね)の屋敷に居候しているところからがスタートです。駿河ですから今川義元のところですね。
山本勘助は、その後、武田氏の軍師として名を馳せるのですが、この作品の開始時は、まだ武田家に仕えていません。
これ以前に、日本各地を転々としながら、軍略やら築城に関する知識を得たらしいのですが、本作ではそれは終えて、今川家に仕官させてもらおうとお願いしていたあたりからが描かれます。
勘助は、隻眼であったり、顔に傷があったりと、見た目の問題で今川義元に好かれず、仕官を断られていたのだそう。今川義元らしいなぁ。管理人の勝手なイメージですが。
それを、当時、23歳の武田晴信(たけだはるのぶ、のちの武田信玄)が見初めて、晴信に仕えることになります。
この時の勘助が50歳くらいらしいので、本作を読んでわかったんですが、山本勘助の活躍ってわりと晩年で、老軍師な感じになるのですね。

余談ですが、この山本勘助、生年については、諸説あるようなんですが、本作では最期の第四次川中島合戦時に「68歳」と書かれていたと思うので、明応2年(1493年)生誕説で書いたようです。

晴信に仕えるようになってからは、晴信のもとで、政治、軍略、築城などでその能力をいかんなく発揮し、その様は本作でしっかり描かれますが、同じくらいしっかり描かれるのが、由布(ゆぶ)姫や於琴(おこと)姫(と三条の方)との話。
つまり、晴信の女好きの始末に奔走する勘助の様子。これが非常に面白い。
あ、エロはありませんので、そこはご心配なく。

三条の方というのは、晴信の正室です。
由布姫は側室でして、一般的には諏訪御料人(すわごりょうにん)と呼ばれるらしいですね。
後に、晴信(信玄)の後を継ぐことになる武田勝頼のお母さんです。
於琴姫も側室で、こちらも一般的には油川夫人(あぶらかわふじん)と呼ばれているということなんですが、この由布姫、於琴姫という名称は、井上靖先生が勝手につけたっぽいなぁ、読んでいるときは、史実的にもこの名前なのかと思っていました。

由布姫のほうは、側室になるきっかけがそもそも大変でして、当時としてはある話なのかもしれませんが、管理人の感覚からすると厳しい話です。
しかし、側室になってからの由布姫の様子が可笑しい。由布姫、晴信が好きなんだか嫌いなんだか。
これに、翻弄される勘助がまたいいのです。

於琴姫についても、由布姫ほどではないですが、勘助は困らされまして、まあ、その元凶は晴信なんですが、このあたりの、勘助の奔走ぶりは読んでいて面白い。
当然ながら、戦(いくさ)や武将間の駆け引きなどヒリつくところが多くある中で、これらのエピソードで、思わずくすっと笑えてしまうあたりが、本作のバランスのよいところかなぁと個人的には思います。
好みの問題はあると思いますが。

本作で描かれる山本勘助は、一見、ハードボイルドキャラ風ですが、この投稿のタイトルの通り、晴信と由布姫への父親目線の愛情が漏れまくってます。
由布姫に至っては、もはや、恋慕すらあったんじゃないかと思うフシがありますが、まあ、それはさすがにないか。勘助と晴信・由布姫は親子ほども年齢差あるからなぁ。

とにかく、この由布姫は、勘助、晴信と並び、本作の主要キャラの一人なので注目なんですが、まあ、勝頼のお母さんですから、自ずと重要にはなりますね。

更には、晴信と由布姫との間に生まれ、その後、武田家の家督を継ぐことになる勝頼に対しての勘助の愛情も、もはや孫に対する祖父のそれのようなもので、最期の川中島へ向かう勝頼とのシーンは、読んでいて泣けました。泣く子も黙る伝説の軍師も孫には甘い、を見事にあらわしてくれます。
そういうおじいさんよくいますよねぇ。
きっと勘助もそうだったんだろうと思えました。もちろん、本当のところはわかりませんけども。

さて、やたらとのんびりとした話ばかりしてしまいましたが、戦のシーンも当然ありまして、ハイライトはやはりクライマックスの川中島になるんじゃないかと。

ここはもう、晴信と勘助…いや違うな、勘助vs上杉謙信の知略の応酬で胸熱展開なので、多くは語りますまい。
これまで読んだ作品は、いずれも上杉方目線での川中島だったので、本作の武田方目線の川中島は新鮮でした。
そして、敵としてみた上杉謙信はめっちゃ怖っ!マジで神降臨してます。軍神ヤバイです。
いやぁ、管理人、越後人でよかったぁ。

管理人、数年前に実際に川中島を訪問しておりまして、確かに平原なんですよね。
「こんな見晴らしのいいとこでやったのかぁ、さぞ壮観だったろうなぁ」と思いながら、同時に「ここでめっちゃ人が亡くなったかぁ」と、空恐ろしくもなりました。

今また行ったら当時とは違う姿勢で見れるだろうなぁ。
当時は「真田信之(真田幸村の兄)が城主を勤めたのかぁ」と見ていた海津城も、今行ったら「山本勘助が建てたかぁ」となりそうだし、善光寺も「ここに上杉謙信が陣を張ったかぁ」と、当時以上に熱い気持ちで訪問できるでしょうね。ああ、また行きたい。

脱線してしまいましたが、クライマックスの川中島をはじめ、軍師としての勘助の活躍も存分に描かれますので、そのあたりも非常に楽しめると思います。

さて、ここからは、さらに余談になりますが、山本勘助って、そもそも実在したのか?説があるらしいですね。本作読了後に少し調べました。

山本勘助が初めて史料に登場するのは、本作「風林火山」にも登場し、武田四天王とも言われる高坂弾正(昌信)作の超有名な「甲陽軍艦」だそうなのですが、その有名な「甲陽軍艦」を、「あれは、勘助の子供が頭のよいお坊さんで、そのお坊さんが父をいい感じにして書いたものを高坂弾正(昌信)作と偽って作ったもので、実際の山本勘助はそんなに凄くない」という意見もあるそうで、もっと言うと、その「甲陽軍艦」に出てくるのは「山本菅助」と「勘」「菅」の字が違うので「違う人物だ」という話もあるらしく、もうなにがなんだか。というか、勘助って子供いたのか!?

近年になり「勘」と「菅」違いの「かんすけ」は同一人物という結論に至れそうな史料が出てきたらしいので、存在そのものの否定はなくなるのですかねぇ。
こういった検証によって、怪しかったものが確かなものに変わっていったり、断片的な記録から、事実を想像していくとかは、まさに歴史の面白いところですねぇ。
実際の勘助も本作のような勘助であったと思いたいものです。

また、本作で主役級にクローズアップされる由布姫なんですが、真のお墓が長野県伊那市高遠町の建福寺にあるらしいですが、本作の影響を受け、最近になって、作中で過ごした長野県岡谷市の小坂観音院にもお墓が建てられたらしく、本作の影響力の凄さが伺えます。
「天平の甍」での影響力といい、本作での影響力といい、井上靖先生すごすぎです。

そして、本作の映像化について。
調べてみたら、すごい数が映像化されてるんですねぇ。
2007年には内野聖陽さん主演でNHK大河ドラマ化もされてました。
内野さんが勘助かぁ、かっこよすぎないかぁ?
全般的には高評価だったそうで、これも追って見てみたいとおもいます。

ということで、今回もまた、愚にもつかないレビューとなりましたが、武田信玄に仕えた伝説的な軍師山本勘助の、軍師としての活躍と、晴信(信玄)と勝頼の母 油布姫(諏訪御料人)への愛情に溢れた本作、是非読んでみてください。面白いですよぉ。

そうそう、「れいかん・やまかん・だいろっかん」という言葉を管理人が子供の頃は聞いたんですが(今もありますよね?)、この「やまかん」は「山勘」と書くそうで「山本勘助」から来てる説もあるとか。面白いなぁ。

歴史には浪漫がある。

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