日本の歴史において朝廷が二人存在するという南北朝の異常事態の解消は歴史に名を成すあの者たちの遺児の活躍がトリガとなったのかもしれないと思える海を舞台にした浪漫活劇「陽炎の旗~続・武王の門~」

北方謙三

こんにちは。

あっという間に春らしい気配になってきまして、花粉もかなり飛んでいそうです。
コロナとの戦いも、丸一年経過しまして、昨年の今頃「一年後はさすがに終息しているだろう」と思っていたのに、一年後を迎えた今、多少、目途は見えてきたものの、変わらず仕事はテレワーク中心であったり、外出を控えている状態で、果たしていつになったら以前のような生活を取り戻せるのかという感じです。
ああ、早く、普通に飲みに行きたい…。
実家の両親も「帰省するな」とは言っているものの、高齢で家のことをやるにも苦労しているようなので、移動が可能になったら、帰っていろいろと面倒を見てあげたいと思っております。

さて、今回は、前回の「武王の門」の投稿からあまり時間を開けない投稿になりました。
前回の「武王の門」の続編にあたる作品なので、「武王の門」読了の熱を持ったまま読み始められたからですかね。
ということで、前回予告した通り、今回は長らく読んできた北方謙三先生の南北朝シリーズの最後になる(はず)の「陽炎(かげろう)の旗~続・武王の門~」です。

面白かったです。
この作品は、是非「武王の門」とセットで読んでいただきたいのと、「武王の門」の後に一挙に読んでしまったほうがいいかなと思います。

本作は「武王の門」で描かれた時代から、一世代から二世代くらい後という感じの作品です。
つまり、武王の門の主人公であった征西将軍宮懐良親王(せいせいしょうぐんみやかねよししんのう)と菊池武光(きくちたけみつ)の、息子と孫あたりの時代の西日本が舞台です。

主人公は、当時中国地方の西部で力をもっていた大内家の家臣 来海康頼(くるみやすより)の養子である来海頼冬(くるみよりふゆ)と、「武王の門」で、最後、懐良親王と菊池武光の征西府軍を追い詰めた九州探題 今川了俊(いまがわりょうしゅん)の弟 今川仲秋(いまがわなかあき)ということになるでしょう。

今川仲秋は「武王の門」でも出てくるので、「武王の門」の続編という感じがあるのですが、来海頼冬って誰?という感じですよね。

実はこの来海頼冬は、足利尊氏(あしかがたかうじ)の落胤(らくいん)である足利直冬(あしかがただふゆ)の息子 足利頼冬(あしかがよりふゆ)なんです。
NHK大河ドラマ「太平記」で筒井道隆さんが演じている直冬の息子ということになりますね。
いやぁ、いきなりネタバレ感がありますが、ご心配なく。
これは、作品冒頭で明らかになりまして、これが判明することで、ぐっと「きたこれ!」感が上がります。

なんというか、太平記をご存じの方(このブログを読んでいる方はだいたい知ってるような気がしますが)はわかると思うのですが、直冬(頼冬の父)は可哀そうなんですよねぇ。
NHK大河ドラマ「太平記」ではそこまで尊氏に疎ましがられてないように見えますが、史実では、かなり疎ましがられたようで、大河ドラマでもそうですが、最終的には尊氏と対立してしまうことになります。
とはいえ、NHK大河ドラマ「太平記」でも、沢口靖子さん演じる足利尊氏の正室 登子(とうこ)は、相当、直冬を嫌ってますからねぇ。
よくないのは尊氏なのと、そもそも、直冬の母である越前局(えちぜんのつぼね。NHK大河「太平記」では宮沢りえさんが演じた藤夜叉。)とのそれは、登子を正室に迎える前だったかと思うので、そんな嫌わんでも…と思わなくもないですが…。
本作の主人公である来海(足利)頼冬は、そういった存在であった父直冬の息子であるために、足利の姓を公(おおやけ)にせず、ひっそりと生きていこうとしているのですが、幕府がその存在を無視するわけはなく…というところから物語は始まります。

しかも、冒頭、この幕府とのコトの始まりの際に、たまたま一緒にいてしまうのが、「武王の門」の主人公の一人である懐良親王の息子で「武王の門」にも出てきた月王丸の息子 都竹竜王丸(つづきりゅうおうまる)ってところが、また、なんともドラマチック。
いや、どちらかというと、幕府に狙われた竜王丸とたまたま一緒にいてしまったことで、来海(足利)頼冬の存在も明るみになるという感じなのかなこれ。
「武王の門」を読んでいると、冒頭に「都竹(つづき)殿」というセリフが出た時点で「これまたキタ!」と胸躍ります。
そして「確か(武王の門で)月王丸って高麗(現在の朝鮮半島)の娘と夫婦になりたいとかってくだりがあったなぁ、その娘との間にできた子が竜王丸ってことね。」っていろいろと繋がっていくわけです。

そして、この二人に、幕府方で絡んでくるのが、九州探題 今川了俊の弟 今川仲秋で、確かこの今川仲秋氏、兄の今川了俊とともに九州探題として九州に上陸した際に、対立していた少弐頼尚(しょうによりひさ)の息子 少弐冬資(しょうにふゆすけ)をいきなりぶち殺すというくだりが「武王の門」であったような…。
そこまでの猛々しさは本作では鳴りを潜めますが、とにかく、基本的には、この三人(来海(足利)頼冬、(都竹)竜王丸、今川仲秋)を中心に物語は進む感じになります。

さらに、途中からは、これに、足利尊氏の息子で室町幕府二代目将軍の足利義詮(あしかがよしあきら)、のさらに息子で三代目にあたる足利義満(あしかがよしみつ)が絡むので、そうなると、足利尊氏の正室・側室の孫が揃うというなんとも胸熱展開になるわけで、ほら、もう楽しいでしょう。

楠木家、菊池家あたりの後継者も絡みますが、そこは残念ながら薄めです。
メインはここまでに挙げた人物たち。

そして、これら若手の活躍の裏にいる絶対王者感満載なのが竜王丸の父であり「武王の門」でもたびたび登場していた懐良親王の息子 月王丸で、いい歳になったこの月王丸が海王のごとき圧倒的存在感で、この作品の肝を握ります。

この時代も朝廷は北朝と南朝に分かれている状態は維持されてまして、そんななかで、皇家の血筋ではあるものの、基本的にはその本線からは外れているはずの月王丸がこの日本で何をしようとしているのか、その月王丸の動きをやたらと気にする幕府の狙いが何であるのか、といったところがキーになって話は進み、最終的にはそれらがつまびらかになるのですが、それは結局のところ史実に基づいておりまして、本作はその結果に至る過程のIFを描いたものなのか、わりと事実を描いたものなのかというとどっちなのか実はわかっておりません。
多分、IFなんだと思ってます。

本作を読み終えてから、いろいろと調べた結果、どうも、月王丸と竜王丸、来海(足利)頼冬は北方謙三先生の空想から創り出された人物らしく、この作品で描かれた、対馬(つしま)やその周辺の海域を舞台にした海戦が実際にあったものかどうかわからずにおります。
まあ、でも、そういうことをひっくるめて楽しむのが、歴史小説・時代小説を読むってことだと思うので、管理人は気にしてないのと、「もしかしたら本当にいたかもよ」と思うところもまた楽しいわけです。

ただ、この作品でも取り扱われ、史実としてもある、斯波義将(しばよしかつ)と細川頼之(ほそかわよりゆき)とのいざこざや、それを起点にした南北朝の統一、今川了俊の九州探題罷免、その後の幕府の権力強大化(皇家の権力弱体化)等が、この作品を読んだことで勉強になりました。
実際とは違うところも多分にあるのだと思いますが、それらに興味を持って知れるというのも、この手の作品を読む楽しみかなと思ってます。

また、本作では、来海(足利)頼冬や、今川仲秋、竜王丸など、いずれも剣の扱いに長けた人物になってまして、頼冬と数回対峙することになる斯波義将の息子 斯波義教(しばよしのり)に付き従う(というよりも子守りといったほうがいいか)超強力な武士 大野武峰(おおのたけみね)との対決シーン等、これまでに読んだ北方謙三先生の南北朝シリーズ作品の中では、最も剣豪小説っぽい部分が見えるのも特徴の一つかもしれません。

来海(足利)頼冬は、当初、自分の血に抗うかのごとく、幕府や国の政(まつりごと)に関わることを避けていて、剣の修行をすることで、それを紛らわせるようなところがあるんですが、月王丸・竜王丸や今川仲秋らとの邂逅を経て、徐々にその心情に変化が見られるようになっていく気がしました。
とはいえ、終始「誰の側につくでもない」という姿勢は維持するのですよねぇ。
そして、クライマックスで、いよいよ、その血を受け入れるような言葉を発するわけですが…。

最終的に、彼らがどうなるのかは作品を読んで確認いただきたいのですが、大局は史実がそれを物語っているわけで、とはいえ、作品の終わりとしてはいい感じだったかなと思います。
登場人物、皆にとって、夢のある終わり方だったと個人的には思っています。
「武王の門」で、儚く夢ついえることになった懐良親王・菊池武光の志を継いだ者達が、後世において、その矜持を胸に幕府に物申そうとする姿は、これまでの作品群を読んできた管理人には胸が熱くなる感じがしました。

そうそう、完全に余談ですが、本作で、元管領(後に返り咲きしますが)として登場する細川頼之、頼元親子の数代後に、以前、管理人が読んだ真保裕一さんの作品「天魔ゆく空」で主人公となる細川正元(と当然ながらその父の細川勝元)がいるわけで、その作品での幕府と管領との関係性なんかも頭に入れながら読んでいくと、またちょっと面白かったりした部分がありました。

というわけで、今回もまた愚にもつかないレビューをしてきましたが、これにて、北方謙三先生の南北朝シリーズは終了となります(のはずです)。
ちょうど、今、再放送をやっているNHK大河ドラマ「太平記」の流れと、管理人の「戦国・幕末以外を読んでみよう」という意向が一致して、まったく知見がない状態から、数作品を読んだわけですが、南北朝面白かったです。
しかも、まだ、南北朝を十分知り得たとは思っていないので、今後も、この時代についての勉強はしていきたいなと思っております。
地方に行った際の見るべきところが増えて、とても楽しみですねぇ。
とはいえ、それをするためにも、とにかく、早くコロナの終息を願うばかり。
ステイホームの間に、これら太平記のスピンオフ的な作品群を読んで、南北朝時代に思いを馳せてみるのはいかがでしょう。

歴史には浪漫がある。

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